君はこういうところがある

柳下さんと会うと緊張するのだけど、それがなぜなのかと考えたときに、柳下さんがよく、「君はこういうところがあるね」と言うからなのではないかと思った(これはまだ仮説である)。

たとえばこれまでに言われたことは、
「君は忘れっぽいね」
「君は享楽的だね」
「君は奔放なようでいて一途だね」
「君はコンテンツを増やしすぎるところがある」
「君は青天井を描く癖がある」
「君は自転車の乗り方がエレガントだ」
「君の人でなしなところが好きだな」
「君は体力がない」
とか。

考えてみると、あまり人にこういうことを言われたことがないように思う。
「君は」と、二人称としての自分が主語になる機会って、あんまりないのかもしれない。だから、柳下さんと会うと緊張するのかもしれないな。

あまりに慣れていないからだろうか、
「土門さんってこうだよね」
と言われるとき、それは褒めているか、貶されているか、どちらかのように感じ取ってしまう。だから、返す言葉は「ありがとう」か「ごめんなさい」しかないように思っていたのだけれど、この間柳下さんと新幹線で話していたらこんなことを言われた。

「僕は、これまでに君を否定したことは一度だってない」
きっぱりと柳下さんは言った。見事な断言だった。

「そうなの?」
「そんなこと今まであったかい?」

考えてみると、ないな、と思った。でも、実はあれは「否定」だったのではないか? と、心が勝手に心配し始める。そして、勝手に言葉に意味づけをしていく。

その前日、柳下さんはわたしに電話で、
「僕は君が忘れっぽい人間だと思っていたけれど、実は違っていて、君は自分のフィルターをかけて都合のいいことと悪いことを思いきり切り離しているんだと気づいた」
と言ったのだ。
「都合の悪いことからは目をそらしてなかったことにする」
と。
彼はそのことを
「僕はそれをとてもいいところだと思っていて、全然悪いところではないと思う。だからこそ、君は作品を書けるんだしね」
と言った。
でもわたしは、もしかして暗に責められているのではないかと思ったのだ。
だって、「都合の悪いことから目をそらす」だなんて、どう考えても短所ではないだろうか?
つまりだから、彼は「それを直せ」と言っているのではないだろうか?

そう言うと、柳下さんは心外だというような顔で
「その言葉の意味以上のものを、僕は言葉に含ませないよ」
と言った。

「他人に自分の思っていることが言葉でちゃんと伝わるだなんて、僕には到底思えない。ベン図とベン図が重なる部分なんて、運が良くてもほんの少しなんだ。だから僕は、言葉に言外の意味をまとわせたりなんかしない。そんなんで伝わるだなんて思っていないから」

「じゃあ、言葉通り受け取ったらいいということ?」
「そうだよ。暗に責めたり、否定したりなんかしない」
「察したり、直したりしなくていいの?」
「そんな必要ないよ。僕が伝えたいのは、その言葉以上でも以下でもない。直してほしいときには、直してほしいってちゃんと言うから」

確かに、そのあと柳下さんはわたしにこう言ったのだ。
「(君が自分のフィルターをかけて都合のいいことと悪いことを思いきり切り離していることに)ひとつだけ懸念点があるとすれば、(君が小説を書く上で)そのフィルターが読者に誤読を与える可能性があるっていうことだ」
だからそこを気をつけようねと。


出会ってまだ間もないころ、
「君は周りの人間関係に関して、意見を言ったり介入したりしようとしないんだな」
と電話で言われたことがある。そう言われた瞬間は、怒られているのではないかと思い、わたしは何も言えなかった。

でも、切ったあとにすごくもやもやした。それは違うと思ったのだ。これから長い付き合いになるであろう人に、間違って自分を認識されたくはなかった。もしかしたら間違ってないのかもしれないけれど、本当は自分はこう思っているからこうした(あるいはこうしない)んだよ、ということは伝えたかった。
それですぐに電話を掛け直し、「さっき言ってたことだけどね」とわたしは言った。
「わたしが意見を言わないときは、本当にわからないときか、必要がないと思っているときだよ。いつもそうだと思われるのは不本意だから、念のため伝えておこうと思って」


そうしたら柳下さんは
「そうか。僕の早とちりだったか」
と言った。すごくあっさりと。

そして
「僕はすぐに決めつける癖があるな。改めるよ」
と、言ったのだった。

わたしはそれを聞いて、おもしろいひとだな、と思った。
そして、言葉が伝わってよかった、とも思った。


柳下さんは宵っ張りなので、飲んでいるとわたしのほうが必ず先に眠くなる。
「君はすぐに眠くなるからな、つまらないやつだ」
「うん、そう。すぐに眠くなるの」
そう答えると柳下さんは
「あれ? 今の君に対する発言は気にしないんだね」
と意外そうに言った。

「だって、すぐに眠くなるのは悪いところだと思ってないもん」
そう答えると、柳下さんは笑って、
「君は不思議なひとだな」
と言った。