自分は騙せる

柳下さんが
「ストレングスファインダーやったことある?」
と言う。
34の要素のうち何が強みなのかを知るためのツールだけれど、彼は「最下位のものが知りたかった」と言って、10800円も払って34要素すべてを順位づけることができるアプリを購入したらしい。
「何がいちばん下だったの?」
と聞いたら
「調和性」
と言った。

「調和性という資質を持つ人は、意見の一致を求めます。意見の衝突を嫌い、異なる意見でも一致する点を探ります」

ああ、とわたしは納得する。
「ぼくは意見の衝突を嫌ったりしないからなあ」
と柳下さんは言った。そうだね、とわたしは答える。


柳下さんの口癖に
「自分は騙せる」
というのがある。
誰を騙すよりも自分を騙すのがいちばん簡単だと。
だから常に自問自答をしているそうだ。なぜその人なのか・なぜそうするのか・本当に自分はそれを望んでいるのか。なんどもなんども、新しく。
「そうまでしても自分は騙せてしまう」
と柳下さんは言う。

わたしは自分をごまかしたり騙しているときにはあまり柳下さんに会いたくない。眼鏡の奥の目が、最初おもしろがるようにわたしを見る。次第にその目は、気の毒そうな表情になる。

「自分は騙せる、だよ」

そう言われ、わかったよとわたしは言う。ギブアップ。
柳下さんといると、気持ちよく騙されることもできなくて、かりそめの調和は壊される。でも、かりそめの調和なんて全然求めていないんだってこと、自分自身がよく知っているんだけど。