柳下さんと悩みの話

1月はしんどい月だった。
「柳下さん死なないで」なんていうタイトルを自分がつけたくせに、自分が死ぬことを考えていた。柳下さんに「死なないでね」と言われてしまって、「土門さん死なないで」だと思って、すごく暗い気持ちで笑った。

ああ、こんなことを書いていたら書きたいことがどんどん出てきたな。たとえばこのあいだ、新幹線にふたりで乗った時の話。あのとき、「自殺をしたくなったことがあるか」って話をしたんだ。あれもすごくおもしろかった。柳下さんはないって言っていた。

いやでも、先に今日のことから書いたほうがいいか。わたしはすぐ忘れるから。
「君は大事なことをすぐに忘れる。ブログに3、4行でもいいから、今日僕が言ったことを書きな」
と言われた。それで、今書いてる。

何から書こう。そう思っていると頭の中で「悩んでいないで書け書け土門蘭」と言う柳下さんの声が聴こえる。いつも言われる言葉だ。もう病気かもしれない。

そう。じゃあ悩みのことから。
「柳下さんって悩みとかないの?」
と今日喫茶店で聞いたら、
「あるよ。西暦五億年の歴史の教科書はどうなっているのかな、とか」
と真面目な顔で答える。
こういうところが変なところだなと思う。悩みがだいぶ大きい。五億年後なんて、地球があるかどうかすら怪しいのに。

「そうじゃない。今話している悩みっていうのは不安や恐怖を伴う個人的な考え事のことだよ」
と言うと
「あるよ。もちろん」
と言った。たとえばわたしの小説の話。担当編集として作家と関わるということは、作家の人生を変えてしまう可能性があるからって。
そうか、わたしが悩みの種だったのか、とびっくりする。いつも自信があるような感じだったから、悩みがあることにもびっくりしたし、そのひとつがわたしだったことにもびっくりした。

「だけど、悩んでいてもしかたがないから僕は体を動かす」
と柳下さんは言った。
「僕は結構体を動かす方だと思うんだ。君が今月悩んでいたのはしかたがなかったんだろうなとは思うけど、悩んでいる暇があったら本の営業のひとつでもしたほうがいい。からだと脳はつながっていて、動いたらわかることのほうが多いって、僕は経験上知っているから」
ああ、耳が痛いなと思いつつ、話のさきを聞く。

「校正をするとき(柳下さんは校正者でもある)、いちいち原稿に感動していたら仕事できないでしょ?ふたり自分がいる感じだよ。おもしれー!って言ってる自分と、それはさておき仕事をしている自分と。いちいち感情が揺さぶられていたらパフォーマンスが落ちる」

それは訓練?とわたしは聞いた。訓練だね、と柳下さんは言った。

(わたしはいちいち感情が揺さぶられるのだと言うと、柳下さんは
「君は作家なんだからそれでいい」
と言った。揺さぶられることで生まれるものだからということだそうだ)

それを聞きながら、柳下さんは強いなと思う。
そう言えば、結構前にこんな質問を彼にしたことがある。
「柳下さんは強いって言われない?」
「うん、言われるかも」
「柳下さんは強いから、わたしの悩みなんてわかんないのよ、っていうことは言われない?」
「あ、言われる」
「その時どう思う?」
「君は弱くて大変だねって思う」

これだけ読むと単純にいやなやつだけれどそんなことはない。だって訓練しているんだから。訓練しているって聞いて、なんだか安心した。柳下さんも人間だったってことだから。悩みだってあるんだってことだから。

彼に悩みがないように見えるのは、悩んでいる暇があったら動いてるからってだけだった。


あと今日言われたこと。
・土門蘭はとにかく小説を書けってこと
・あと本を売っていこうってこと
・それ以外のことは気にするなってこと
だったよね?


本当に、わたしはすぐに忘れるな。
自信がなくて、イマジナリー柳下さんを作り上げてしまう。
イマジナリー柳下さんはわたしに冷たい。
でも、リアル柳下さんは「僕を信じろ」とずっと言っている。


あと書きたいことのメモ。
・虚と実の話。
・自殺の話。
・わたしがだめな原稿を書いたときの話。
・本と彼の関係。
・タメ口と敬語の話。