柳下さんが、いる

竹中直己は、カレーの人であり、彼のコミュニケーションはカレーを媒介して行われる。
世は称して、アズノウンアズ、彼はタケナカリー。
そして彼には、ユニークな文才もあり、その文章には必ず密度と湿度と内圧がある。

本稿にもその才気があふれているが、しかし、ご用心。
静かに迫る筆力が生み出すサイコな文字群を読み終えても、まだ、この文章には仕掛けがある。
是非とも、通読後に、気になった部分を読み返していただきたい。

 
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僭越ながら「やなしな(「柳下さん死なないで」の略)」のバトンを授かった。僕なりに、僕が捉えている「柳下さん」について筆を執ろうと思う。

まずは柳下さんに、ないもの、の話をしたい。

柳下さんには、利己心がない。

そういうと、慈愛に満ちた聖人のように捉えられそうだが、そうではない。正確に言うと、柳下さんの場合、理想と利己的な欲求が殆ど重なり合っていないように見えるのだ。「こうなったらいいなぁ」という世界はある。しかし、そこに自分がいてもいなくてもいい、そういう観念で生きている、たぶん。

柳下さんは、
「本の作り手が増えて、本がもっと売れればいいと思っているよ」
と言った。

柳下さんは、校閲者だし、編集者だし、時々カメラマンだけど、やっぱり起業家だ。

柳下さんは、本が売れないことについて批評や分析で終わらせず、解決しようと動く。僕は柳下さんのこういう姿勢が好きだ。

「ことりぎ」という既成概念を変えた本の流通にチャレンジするし、校正・校閲の仕事で本に関わる同朋と文化を守り続けている。

最近では日本橋にオープンした本棚と本をセットで販売する「HummingBird Bookshelf (ハミングバードブックシェルフ)」だ。
是非、足を運んで “自分に合う本棚と選書とは何か?”という愉快な審美を体験して欲しい。僕はここでポップで楽しい短歌の世界に出会えた。

柳下さんは本が売れるように本棚から売るし、そこから「暮らしに本がある風景」という提案にまで着地させる。こういうのが、いい大人の “ カッコいい仕事 ” だと心から感心してしまう。

それでいて電子書籍を否定していないのも柳下さんっぽい。

「高度によって読める電子書籍とかあったら、ワクワクしない? 例えば、池袋のサンシャインの最上階じゃないと読めない小説とかさ!」

僕はこの話を聞いてとってもワクワクして胸が高鳴った。柳下さんは優れたアイデアマンでもある。

ただ、こういうアイデアを実行するってことも、別に自分じゃなくてもいいと思っている。己の手柄とかどうでもいいのだ、いろんな「本」が生まれて、いろんな「本」が売れれば。

その関心は「人と本との出会い」にしかない。どうしようもなくそこ。そこを演出するという悦びが尊すて、結局は、金儲けをしたくて本を売っているのではなくて、本を売りたくて金を稼いでいる。

こういう人間は信用できる。理想の為に自己を無視していたら、いつの間にか利己が霧散しちゃう人。こういう人は嘘がつけない。嘘の大半は自分を守るために取り繕うことだ。柳下さんは、そんな暇があったら本のことを考えている。


プラネテス」という漫画がある。その作品にはウェルナー・ロックスミスという宇宙に取り憑かれたロケット工学の天才技術者が登場する。

作中では、彼が指揮するエンジン開発プロジェクトで大事故が起こり、莫大な損害と大変な数の死者を出してしまう。被害は甚大で、辞職を余儀なくされる場面だが、その責任をメディアに追求された際、彼はこう返答した。

「爆発した二号エンジンの残したデータの内容には満足しています。次は失敗しません。御期待下さい」

謝罪ではなく「報われるよ」と言った。当然、非難を浴びせられるが本人は物ともしない。なぜなら彼は「宇宙船以外何ひとつ愛せない逸材」だから。

僕は、この思考って柳下さん的だな、と思う。すごくシンプルに目的を優先するところは一緒だ。一種の狂気がある。柳下さんもこの狂気を確実に纏っている。

柳下さんは温和で可愛らしくもある風貌だけど、本当はこういった“ 怖さ ”がある人だ。僕は、そう捉えている。


柳下さんをなんとなくわかりはじめているけど、僕と柳下さんが初めて出会ったのはいつだろう?

どこでいつだったか思い出せない。「知のドワーフ」というピッタリの異名を持つほど印象的なのに。それくらい自然に人の人生に溶け込んでしまうのも柳下さんだ。

僕の母なんかも、SNSを通して既に柳下さんは身内のポジションになっていて「あのモジャモジャの人、元気?」なんて言ったりする。母は柳下さんに直接会ったことはない。けれど、その言葉の端には “息子のまわりにいる人気者の友達” という親しげな空気が漂っていた。

誰からも愛されてしまう柳下さん。改めて稀有な人だと思う。僕自身だけでなく僕の周りも含めて柳下さんを放っておけない。

気づくと、柳下さんは日常化し、僕達の細胞に浸潤していく。

柳下さんと懇意にしている人なら共感できるかもしれないが、何かの判断に迫られた時、ふと「柳下さんなら、どうするかな?」と彼の基準を参考にしてしまうことがある。

ただ、これは師匠とか、今風に言うとメンターとかの高尚な分類とは少し違う気がする。柳下さんは決して偉そうにしない。相手の目線に合わせて話をするのがとても上手だ。だから、尊敬しているが、もっと身近なもの。肩に小さな柳下さんがとまっているような感覚というのがしっくりくる。

酒を飲んだ帰りにコンビニでスイーツを買おうとするときも、肩に止まった柳下さんが言う。
「本当にそれは今の君に必要なものだろうか? まあ『今を楽しく!』の連続が人生でもあるがね!」
核心の後に、ユーモアとアイロニーを足すのが柳下さんだ。
柳下さんの髪の毛が首筋に当たってこそばゆい。


ただ、最近はちょっと柳下さんがわからない。
風呂に入っていると、かなりの確率で柳下さんが邪魔をしてくるのだ。

僕は湯船に浸かる時は、シャワーを使わず、桶で浴槽の湯を掬ってシャンプーや身体の泡を流すのだけど、僕がシャンプーの泡が入ってこないよう目を瞑っているのをいいことに、桶を浴槽に入れようとするとボヨンとした弾力が返ってくるのだ。

「柳下さん……またですか?」

目を瞑っていても察しが付く。桶が柳下さんのお腹にあたったのだ。

「一緒にお風呂に入ると気持ちいいねー! ハハッー! 誰かと一緒に風呂に入るのは日本特有の文化、なんて考えているのは日本人だけなんだけどね!」

目を開けると柳下さんはいなくなっている。どうせ現れるなら背中を流すくらいのコミュニケーションを取ってほしい。

一昨日は家でカレーを作っている時に現れた。換気扇が煙を吸い込まないなーと思ったら、コンロの上の換気扇が柳下さんで埋まっている。柳下さんの肉片と体毛がドロドロに溶けながら蠢き、煙を吸う箇所を塞いでいた。そのくせ、顔の形成だけはしっかりと維持しているのだから、呑気なもんだ。

「柳下さん、もう、カレー作るのは邪魔しないで下さいよー」

「ふふふ! ところで、僕のこの姿で思い出すのは、カフカの『変身』の方? それとも、クリス・カニンガムのミュージックビデオの方かな?」

そう言った後に、柳下さんは少しだけ自分の肉片でムカデみたいな無数の細い足を形状しようとした。

「あー、カフカです、カフカの方ですってば」

僕がそう言うと、満足そうな笑みを浮かべて柳下さんは換気扇の奥に吸い込まれていった。僕がスパイスをどう使うか悩んでいる最中でもおかまいなしで、あの人は本の話がしたいのだ。油断がならない。

でも、柳下さんが僕に会いに来てくれること自体は嬉しいんだ。みんなの人気者で、あんなに多忙を極める人が、わざわざ僕のところまで来てくれるんだ。ありがたいと思う方が正しいだろう。

ただ、だからこそ、気になっていることがある。
僕のところに来てから、柳下さんは、どこに帰っていくのだろう?

僕のところに突然現れるように、僕以外の家々にも出現していたりするのだろうか……もし、その中に居心地の良い安息の地があったら……。

僕はfade out していく恋の終息みたいなものがよぎった。柳下さんが僕のところに現れなくなるのも時間の問題かもしれない。外を見ると雨が降っていた。今日は寒い。結露が涙みたいに哀しく滴れた。


熟慮した結果、僕は柳下さんをカレーにすることにした。

柳下さんが、僕の中に入ってしまえば全てが解決するし、柳下さんをたぶらかしそうな輩を僕が切り刻まくても済むし、そもそも、柳下さんは美味しそうなんだ。

そう、美味しそうなんだ。ずっと、柳下さんは、美味しそうだった。美味しそうだった。僕は柳下さんをカレーにしたかったんだ。

レシピは下記です。



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 ♡バタバタやなりんのダブトマカレー♡

〜 材料4人前 〜
・柳下恭平モモ肉:  4O0g
・トマト:       1個
・トマトピューレ:  150ml
・ヨーグルト:   大さじ6
・生クリーム:    100ml
・バター:       60g
・ニンニク:      4片
・生姜:        1片
・水:          60ml
・砂糖:      大さじ2
・塩:          適量
パクチー:       適量

〜スパイス〜
・カレー粉:    大さじ3
・カルダモン:     8粒
クローブ:      6粒
・唐辛子:       1本
・カスリメティ:  大さじ2
・バター:     大さじ2
・マンゴーチャツネ:小さじ2

 

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みんなが大好きなバターチキンカレーを柳下さんで作るよ! 焦がしトマトとトマトピューレをダブルで使うから旨味成分がバッチリ!

① 柳下さんの捕獲
著名で印象的な人だし、体躯も大きい。従って誘拐は難しいです。「かわいい女の子が来るカレー会があるんです!」と呼び出しましょう。席に座ったら有無も言わさず後頭部を重量のあるものでバコーン!です。後で燃やせるから、木刀とか角材みたいのがいい。動けなくさせるのが目的で ここで殺しちゃダメ。虫の息状態がベスト!

② 血抜き
まだ息がある柳下さんを浴室に運びます。右耳から左耳にかけて、顎下を通ってアーチを描くように包丁を入れましょう! その次は、左右の足の付根にも包丁を入れます。嘘みたいに 血がドバドバ出てきますww  バスタブにお湯入れて、半身浴みたいにすると時短ダヨッ!

③ 脳の処理
ナタか出刃包丁で頭を割ります。もじゃもじゃの髪がついたままの頭皮と脳漿が飛び散り、大脳が露出します。この時、大脳が灰色であることに不安を覚えるかもだけど、腐ってるわけじゃありません! 何度か試していますが人間の脳は灰色(笑)柳下さんだからってピンクじゃないんだゾ(爆笑)後で「柳下さんのブレインマサラ」に使うので脳幹を切り取ってzipロックで冷凍保存!

④ 陰部の処理
脳の処理を終えたら、大急ぎで陰茎と陰嚢をセットで肛門あたりから前立腺を覆うようにカットしてzipロックに! こちらも冷凍保存です。人間は、ここから悪くなるからね!それに柳下さんはテるから残しておかなくちゃね!コレは誰かのためのもの!(※僕にだってこれくらいの倫理観はあるゾ!)

⑤ 消化器官の処理
小腸は便が入ってるので、しっかり洗います。まずはシャワーヘッドを外して腸管にハメて水を流し込む! 適当な長さで切って、裏返してタワシでゴシゴシです。IKEAの風呂タワシが固さとか丁度良い。歯ブラシで洗おうとしてた人がいたけど、それじゃ終わんねwww 大腸も一緒。胃袋は消化液が強いので手袋を。あ、柳下さんは食道裂孔ヘルニアだから、その辺は硬くて食べられないかも?

⑥ その他臓器
大きい肝臓はごちそうです。冷凍はもったいないので、できれば早く食べましょう。でも、まー、柳下さんの肝臓は大きいから、ご近所にお裾分けかな。肝臓を取ったら、膵臓と胆嚢を取ります。あ、胆嚢は胆汁出るから慎重に! そんで、横隔膜を取って、肺と心臓を取ったら解体です。※基本的に臓器はやっぱり冷凍ね。

⑦ 解体
最初は難しいけど、部位ごとに筋膜を意識してカットします。骨髄から出汁が取れるので骨も捨てずに。指は、そのまま食べると気持ち悪いからミキサーでつくねにします。爪だけ剥がしておきましょう。お肉のカットは結構細かくしておかないと解凍大変! 500g〜1kgが目安!

⑧ マリネ
一口大に切った柳下さんのもも肉(お尻の辺りが最高!)をヨーグルトとカレー粉、すりおろしたニンニクを入れて、よく揉んで馴染ませて、ボールに入れて冷蔵庫で2時間以上放置する。※本当は一晩がいいよ。

⑨ スターター・テンパリング
カルダモンとクローブを軽く弱火で乾煎りしてから、バターを入れます。柳下さんからも、しっかり油が出ますが強気でバター多めでいきましょう。カルダモンがぷくっとしてきたら、唐辛子と生姜とにんにくのみじん切りを入れて炒める。ポイントはずっと弱火!

⑩ ベース作り
ニンニクの色が変わったら、刻んだトマトを焦がすまで炒める。トマトピューレ、マンゴーチャツネを入れてさらに炒める。水を加えて弱火でフタをして5分煮る。

⑪ マリネ投入
マリネしてた柳下さんを投入。⑩で作ったベースに混ぜます。強火で一煮立ちさせて、砂糖、塩を入れ、弱火に戻してフタをしてさらに10分煮ます。余裕があるなら、別のフライパンで 柳下さんマリネを少し焦げ目がつくくらい 焼いてから合わせると、もっと美味しくなります。

⑫ 仕上げ
カスリメティを入れて、生クリームを入れて混ぜて、塩加減を調整して完成。パクチーもパラっとね。スパイス感が欲しかったら最後にガラムマサラやチリペッパーを入れてもいいでしょう。でも柳下さんはそこまで辛いのが得意じゃないから三温糖とか、はちみつで少し甘さ方向にふるのがいいかな?

どう?柳下さん? 
僕は、舌が筒状になって口から放り出されたままの柳下さんを両手で持ち上げて聞いてみた。
……うんう、え! あ! そっちwww

皆さん! 柳下さんは、
「僕は人生が辛いなんて思ったことなかったから、最後くらいちょっと辛くしとこうか!」
ですって! 最高! 流石ー!

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このカレーを食べる時は柳下さんの眼鏡をかけながら食べよう。

柳下さんは、死なないよ。
僕は、柳下さんを食べることによって、僕の中に、柳下さんを留めることができる。これからもずっと、僕の中に、柳下さんが、いる。

このカレーは、土門さんと一緒に食べたいな。
彼女には僕と同じように安心してほしいんだ。

でも、そうなると土門さんの中にも柳下さんがいることになっちゃうな。

柳下さんを食べた土門さんも、カレーにしないとな。